第2回 障害のある子の将来を考える集い(集い)

令和2年10月31日に, 「第1回 障害のある子の将来を考える集い(略称、集い)」を開催してから、コロナ禍のため第2回の「集い」を自粛してきましたが、コロナウィルス感染症もようやく収まる気配をみせております。そこでみどり園も引き続き感染防止に務めながら、「第2回 集い」を再開しました。当日の報告を採録して紹介します。(下部の⇒キーを押していただくとページへとお進みいただけます。)

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自主事業「集い」の開設

 「ひかり福祉会」は、2020年(令和2年)10月より、、法人の自主事業として「障害のある子の将来を考える集い(略称、「集い」)」を始めました。これは「ひかり福祉会」が運営する事業所「みどり園」の利用者さんのご家族を中心に、自由参加のもと、年に1~2回(土曜日にご負担のない範囲で)、テーマを決めて、情報提供や自由な意見交換の場を設けようとするものです。テーマは次の二つを考えています。
 一つは「障害のある子の親なきあとを考える」。いま一つは「発達障害とエピジェネティクスー発達障害の原因と療育の動向を考える」です。私たちみどり園は、この二つのテーマに対応できるようにするために、「いま、利用者さんにどんな支援を求められているか」を考えていきたいと思っております。
 以下、二つのテーマについて説明したいと思います。

1 障害のある子の親なきあとを考える

 わたしたちは、障害のある子を抱える親御さまとお話をする時に、どちらの親御さまも「親なきあと」の子のことをいつも考えておられることを痛感してまいりました。私たちの活動は、このような親御さまの思いや願いに支えられているといっても過言ではありません。近年、いわゆる「老障問題」(老いた親が障害のある子を介護する)や「8050問題」(80歳代の親が50歳代の子を介護する)が語られるようになりました。こうしたなか、障害のある子を持つ親御さまの、子に対する思いや願いに対応するひとつの試みとして、親御さまがお元気なうちに「障害のある子の親なきあとを考える」集いをもって情報や意見の自由な交換ができる機会を持つことを考えました。

2 発達障害とエピジェネティクス

エピジェネティクスとは、ヒトの細胞の中にあるDNA上の遺伝子がもっている遺伝情報の発現(身体の各器官の形成)を制御するシステムのことです。身体のある器官(例えば、脳の神経細胞)を作るときは、その情報を持つ遺伝子は「オン」になり、その他の遺伝子は「オフ」になります。この「オン」と「オフ」の絶妙な制御によってヒトの身体は作られます。しかし時には、ある遺伝情報を持った遺伝子には問題がなくても、外部の環境因子、例えば、妊娠中の母体の状況、子の養育状況(母子間の愛着関係)、食品、薬品などによって、遺伝子の「オン」と「オフ」に不具合が生じ、それがガンや成人病のほか、自閉スペクトラム症のような発達障害や精神障害などの多くの疾病・障害の原因になることがわかってきました。例えば、ある種の農薬(除草剤、殺虫剤)がエピジェネティクス(遺伝子の「オン」と「オフ」による制御)に及ぼす影響は大きく(日本は世界の農薬大国)、それが発達障害の原因になっていると指摘する著名な研究者もいます。
 これまで両親から受け継いだ遺伝子は変えることのできない「運命」と考えられてきました。しかしエピジェネティクスによる遺伝子の発現には、「可逆性」があることも明らかになってきました。そうなると遺伝子の発現の異常については「修復」が可能となり、疾病や障害の治療も、理論的には、可能と考えられるようになってきたのです。発達障害の療育においても、障害児者に「良好な環境」を用意することによって、遺伝子の異常発現を修復することの可能性を主張する専門家もいます。
 もっとも、以上のことは、これまでのところ、動物実験による研究成果であって、ヒトを対象とする実験成果ではありません。自閉スペクトラム症に限っても、そのもとになる原因遺伝子は100種類以上あるといわれています。発達障害の原因解明や根治を目指す治療が「近いうちに」というわけにいきません。
 しかし、エピジェネティクス研究の進展はめざましく、今後、発達障害の原因や病態の解明や治療に向けて大きな可能性を秘めていることは間違いありません。とりわけノーベル賞の山中伸弥先生のiPS細胞(ヒトの成体の細胞に4種類の遺伝子を注入して、その細胞を初期化し、すべての細胞に分化していく多能性をもった細胞)を活用した研究には大きな期待がもたれます。これまでiPS細胞による病態の解明や治療が、ヒトのさまざまな器官について進められてきましたが、最近は、iPS細胞によるヒトの脳を解析するツールとしても注目され、自閉スペクトラム症や統合失調症患者に由来するiPS細胞を用いた研究が急速に広まっているといわれています。今後、知的障害や自閉スペクトラム症等の発達障害のほか統合失調症などの精神障害の原因解明や治療に向けて、iPS細胞の活用を始め、エピジェネティクス研究の更なる発展を期待してやみません。
 このようなエピジェネティクスの発展は、障害者の自立支援に従事する私たちにとって、将来を照らしてくれる希望の明かりであり、活動の励みにもなっています。もとよりエピジェネティクスにどう向き合うかについては障害者及び親御さまの意思が真っ先に尊重されなければなりません。障害福祉事業所としてはエピジェネティクスの知識や動向について新しい情報の提供に努めていきたいと考えています。

 なお私は、ヒトの疾病・健康の面からエピゲネティクスの普及と啓蒙を目的に令和2年10月に設立された「健康エピジェネティクスネットワーク」(略称「健エピネット」https://epihealth.jp/ に顧問として関与しております。こちらにもアクセスしていただけたら幸いです。

 ひかり福祉会の自主事業「障害のある子の将来を考える集い」(略称・集い)は、上に述べた二つのテーマを中心に続けていきたいと思っています。これ以外にも取れ上げたいテーマについてご要望があれば遠慮なくお申出下さい。「集い」は、ご家族様が自由に語り合える場でありたいと願っております。
     (令和2年10月10日「集い」世話人、林 和彦)

第1回 障害のある子の将来を考える集い(集い)

日時・場所 令和2年10月31日、13:00~、みどり園 
    ● テーマ1 障害のある子の親なきあとを考える
         ひかり福祉会 代表理事 林 和彦 
    ●テーマ2 発達障害とエピジェネティクス
         聖徳大学教授 久保田健夫先生
    当日参加者 20名(家族17名 健エピネット関係者3名)

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「テーマ1 障害のある子の親なきあとを考える」

テーマ1では、「障害のある子の親なきあとに何が問題となるか」について、「三つの問題」が指摘されました。1、お金に困らないようにするには(お金の問題)、2,どこに住むか(住居の問題)、3、誰が日常生活の世話をするのか(世話する人の問題)、この三つです。この三つを要約して整理すると次の図のようになります。

参考書:渡部 伸「障害のある子の『親なきあと』を考える(2018)主婦の友社;同「障害のある子が将来にわたって受けられるサービスのすべて」(2019)自由国民社によっています。

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「テーマ2 エピジェネティクスと発達障害」

「テーマ2 ピジェネティクスと発達障害」は、今後の発達障害療育の新たな幕開けともみられる内容でした。

(1)先生は、まず「エピジェネティクス」とは「遺伝子のスイッチ」であり、「スイッチが切り替わる仕組み」のことであると平易な言葉で述べられました。そして「遺伝子のスイッチは環境で変わり」、環境による変化は「胎児期だけでなく生まれた後でも起こり得る」といわれました。次いで、「発達障害」について、いま「発達障害」が増えており、その「生物学的要因」として、「先天的(遺伝要素)な理由」(「晩婚化」:高齢女性の卵子によるダウン症のリスク、高齢男性の自閉症のリスク)と、「後天的要因」(「生後の環境による遺伝子変化」=:劣悪な養育環境によって遺伝子が変化し脳障害を生ずる)を挙げられました。
 こうしたご説明をもとに、「エピジェネティクス」に基づく発達障害の療育について次のように述べられました。「遺伝子のスイッチは悪い環境(例、「精神ストレス・母子分離」)で変わるけれども、よい環境で戻すこともできる」(「エピジェネティクス」の可逆性)。「親から受け継いだい病気のジェネティクス(遺伝子そのもの)はかわらない。しかし「エピジェネティクス」(遺伝子のスイッチ)は環境でよくすることができる」というのです。そして「遺伝子のスイッチを良くするもの」として、「薬」、「食べ物」、「正常遺伝子(実験的に)」のほか、当日の講演では「良い環境で育てること」を強調されました。そして結論的に、「エピジェネティクスをよくする環境」(「遺伝子のスイッチを良くする環境」=「発達をよくする『脳をONにする環境』」)とは、一人ひとり障害者が「興味が湧き共感できるモノ」を提供すること、「その子に合った良い環境」を用意することにあるとされました。

(2)久保田先生のご講演は、「エピジェネティクス」に基づいて発達障害の療育を語られたわが国で初めての試みではないかと思われます。先生のご講演は親御さまには初めてのご経験とみられ、当日のアンケートの回答によりますと、斬新な感動を与えられたように思われます。もちろんご家族様は、「現実はそう簡単ではない」と冷静に受け止めながら、それでもなお、「遺伝子のスイッチを良くする」ための「良い環境」について、さらに具体的な話しを聞きたいとの多くの要望がよせられました。そこに、「エピジェジェティクス」による発達障害(知的障害、自閉スペクトラム症、ADHD(注意欠如・多動性障害、さらに第4の発達障害といわれる愛着障害)の療育に期待しようとの前向きの強い意向が感じられました。

 もとより、「エピジェネティクス」にどう向き合うかは、障害者本人とご家族さまの判断が尊重されるべき問題であり、ご家族さまの思いが何よりも優先されなければなりません。一方、わたしども障害福祉サービス事業所としては、「エピジェネティクス」に基づく発達障害への療育について引き続き関心を抱き、必要な情報の提供を行っていきたいと思っています。とりわけ、「遺伝子のスイッチ」が適切に働くように利用者への個別的支援を、既存の発達障害への支配的な支援方法と対比しながら、追求していきたいと考えています。(林 和彦)